今回は、タイトルの通り「動画配信サービスにおけるコメント配信=弾幕技術の動向」について触れたいと思います。
昨年2018年11月の段階で弾幕技術動向をまとめたいと考えてはいたものの、筆不精ゆえ実行できずにいたのですが、先日NHKの番組「平成のネット史(仮)」を視聴した結果やる気が出てなんとか投稿にこぎつきました。
1.用語の定義
まず最初に、本稿での語句をざっくりと定義します。
動画配信サービス・・・非リアルタイム、リアルタイムの動画配信サービス両方を指します。
コメント配信=弾幕技術・・・再生する動画に対するユーザーのコメント群が、再生する動画に対応して動画表示部に経時的に(重なり合わないよう)表示される技術で、特に、動画表示部右側から左側に向かって移動表示される技術(以下、弾幕技術)を指します。
動向・・・弾幕文化は日本に端を発し、主に東アジアで受け入れられているところ、今回は日本と中国に限定します。というか、本稿で一番触れたいのは中国の動向、特にビリビリ動画のマスク弾幕〔蒙版弹幕/智能防挡弹幕〕、虎牙のAI弾幕〔AI弾幕/防遮挡弹幕〕であって、正直他の内容はおまけです。
ブログの方針でもありますが、漢字表記だけでは日本のインターネットでしか通用しないので、キーワードは極力(漢字or英語)&簡体字で併記し、〔〕内に簡体字を記載します。
2.日本の動向
日本国内で代表されるサービス例を挙げると「ニコニコ動画」(以下、ニコ動。サービス開始時期:2006年12月12日)です。
私自身は2008年末のββ時代に会員登録し、登録間もない頃はauのガラケーのボタンを連打しながら動画再生していたことを記憶しています。今は無き「zoome」という、ニコ動に類似するサービスもこの時期に存在していました。
www.nicovideo.jp
zoome - Wikipedia
日本において、弾幕技術に係る特許権は、ニコ動を運営する(株)ドワンゴが複数保有しています。最も早い特許出願(特願2006-333850、特願2006-333851)の時期はサービス開始時期前日の2006年12月11日です。
(弾幕技術に係る特許権と一言に括るのは適当ではなく、本来であればクレーム=権利範囲を紐解いて詳細・正確に記述すべきところですが、その記述だけで相当な検討と分量を要してしまうので割愛します。)
ここ数年の間では、「AbemaTV」「SHOWROOM」「LINE LIVE」など、スマートフォン主体の生放送・生配信サービスが登場し人気を集めつつありますが、これらはいずれもニコ動のような弾幕技術を採用していません(PCからも視聴できる場合、例えば、ブラウザ拡張機能を用いて、投稿されたコメントをニコ動のように流す方法もありますが)。
また、FC2の運営する「ひまわり動画」はニコ動"のような"弾幕技術が使われているところ、昨年2018年の地裁判決(平成28(ワ)38565)では、(株)ドワンゴが保有する特許権の権利範囲に属しないと判断されています。仮にニコ動と同様の弾幕技術が使われていたとしても、動画配信サービスのサーバが日本国外にある以上、「属地主義と域外適用」が論点となるはずであり、侵害を構成するとの主張立証は容易ではないと思われます。
日本国内で弾幕技術を採用する場合、まずは(株)ドワンゴの保有する特許権を回避する仕様が求められ、仮に改良された弾幕技術を生み出しても同社特許権と利用関係に立つときは通常実施権の許諾等が必要となります。
(この辺りも本来は、採用しようとする弾幕技術と同社特許権のクレームをまず比較すべきところです。)
そういうわけで、日本の弾幕技術の進展は同社or知恵を絞って同社特許権を回避しつつより良い弾幕技術を生み出してくれる企業にかかっているとも言えるのではないでしょうか。
ユーザー目線で言うと、ニコ動の弾幕機能は少しずつ進展しているものの、大きな変化は無い印象です。
3.中国の動向
日本でニコ動のサービスが始まったのは2006年12月12日ですが、中国では、2007年6月に生まれたAcFunというサイトにおいて、ニコ動を真似た動画配信サービスが2008年3月から開始しました。このAcFunがきっかけでビリビリ動画(以下、ビリビリ)の前身が2009年に生まれ、2010年に今の「ビリビリ」という名称になりました。
同時に、2010年前後には、Tencent Video〔腾讯视频〕、iQIYI〔爱奇艺〕など、今や巨大な動画配信サービスが次々と始まり、これらも弾幕技術が用いられています。ちなみに优酷、土豆はもっと早い時期に始まっています。
(株)ドワンゴは日本で特許権を取得していますが、特許独立の原則の下、他国にまで権利は及ばず、また、中国では特許出願をしていません。
(当時の出願戦略上、外国を重視していなかった可能性も考えられますが(米国には出願しています)、中国については、外資企業によるインターネットサービス参入規制が出願のインセンティブを奪っていたのではと推察します。弾幕技術と関係のない出願は過去に5件あります。いずれもみなし取下げ)
また、2008年6月末には同社の弾幕技術に係る最初の特許出願が日本で公開されています。
中国の専利法(日本の特許・実案・意匠法に相当)では、第三次改正後に公知公用が世界主義になりましたが刊行物公知は第三次改正前から世界主義を採用していたため、少なくとも2008年6月末以降には、ニコ動のような弾幕技術が中国で特許出願されたとしても刊行物公知として弾けることになります。
(簡単に調べた限り、実際には中国の動画配信サービス各社はこの時期に弾幕技術について出願していないみたいです。2010年以降は弾幕表示方法及び装置〔弹幕显示方法及装置〕など各社から色々出願されています。)
そういうわけで、動画配信サービスに弾幕技術を実装する上で障害となる特許権が無い市場環境だったため、各社は等しくニコ動のような弾幕技術を使用できていました。
さて、弾幕に関してユーザーにとって悩ましいのが、弾幕が多すぎると再生画面を覆い尽くし肝心のコンテンツの視認性が極めて悪くなってしまう点です。一方で、弾幕もまたコンテンツの一つでもあります。
そうしたなか、各社が弾幕技術に関する改良発明を色々出願していたところ、昨年2018年6月に現れたのがビリビリのマスク弾幕〔蒙版弹幕/智能防挡弹幕〕です。一言で言うと、人間に弾幕が被らない弾幕技術。
その後の2018年11月、今度はゲーム実況に強い動画配信サービス「虎牙直播」を手掛ける广州虎牙信息科技有限公司(以下、虎牙)がAI弾幕の実装を発表しました。こちらも人間に弾幕が被らない弾幕技術ですが、おそらくビリビリとは技術的アプローチが異なると思われます。
虎牙直播推出“识趣弹幕” AI技术赋能直播行业_游戏_腾讯网
また、iQiyiでも人間に弾幕が被らない動画がいくつかあります。
以下、ビリビリのマスク弾幕、虎牙のAI弾幕を画像付きでざっくり取り上げます。
3.1 ビリビリ・・・マスク弾幕〔蒙版弹幕/智能防挡弹幕〕
関連特許文献:CN108401177A·、CN108881995Aなど
マスク処理によって動画中の主体が弾幕で隠れないようにするものです。現在のところマスク弾幕はダンスカテゴリに限定されているようですが、特許文献中では生身の人間以外にもマスク処理が実施可能である旨示されています。
(1)PCブラウザの場合
まずhtml5形式、智能防挡弹幕をアクティブであることを確認(タブはダンスカテゴリのすべての動画にあるわけではありません)。それでもアクティブにならない場合、キャッシュを削除して再読み込み
⇒再生
(2)スマートフォンの場合
単純にアプリ画面下部メニューで弾幕表示がアクティブであること、下部メニューの弾幕設定を開き智能防挡弹幕がアクティブであることを確認。
⇒再生
(参考にさせて頂いた方のURL:https://www.bilibili.com/video/av39887143/ )
ビリビリはマスク弾幕が無くても満足度が高いです。会員(無料)としてログインすれば1080pでの再生やミラー再生ができますし、弾幕調整の自由度も非常に高いです。
3.2 虎牙・・・AI弾幕〔AI弾幕/防遮挡弹幕〕
関連特許文献:ある程度粘って調査したのですが見つかりませんでした。分野的に数か月で早期公開をかけるパターンが多いので、近いうちに公開されるのかもしれません。
虎牙直播appでは雑談枠や歌唱枠でAI弾幕をアクティブにすることができます。縦画面配信や複数人による分割配信ではアクティブにできません。
4.今後の弾幕技術
ビリビリのマスク弾幕も虎牙のAI弾幕も、現時点では、機能をアクティブにできる動画カテゴリやシーンが限定的ですが、段々改良されて拡がっていくと思います。
また、今後は生身の人間だけでなく、Vtuber動画やアニメでも可能になるのではと予想します。非リアルタイムであればビリビリは特許文献からしてある程度実現可能だと思います。リアルタイムについても、限定的ではありますが虎牙が実現していますし。
いずれは非リアルタイムだろうがリアルタイムだろうが、人間っぽい輪郭をしていれば自動認識して弾幕を良い感じにアレできるんじゃないかな(投げやり)
先日、Vtuber分野についてグリー(株)とビリビリが提携するニュースがありました。
5.最後に
中国で生まれた、これら新しい弾幕技術に関する日本語文献がほとんど見当たらなかったことも本稿執筆の動機になりました。
唯一見つけた本格的な日本語文献は以下です。また、ツイートで取り上げている方はちらほら居ました。
36kr.jp弾幕技術に限らず、最近だとモバイルペイメント、ショートビデオなどもそうですが、商品・サービスを提供する企業の出自は問わず、よりフラットな目線で、良い商品・サービスがユーザーから評価される社会になっていると感じています。
こうしたなかで、国家的アイデンティティを持ち込まず、優れた部分をスピーディに見い出し吸収し合う姿勢が大事だと思います。